ねむりラボ通信

京都大学で人気の授業「睡眠文化論」を受けてみました。

2012年8月8日

University

京都大学には「睡眠文化論」というユニークな授業が開講されています。「毎年受講希望者が殺到して定員オーバーするほど人気」というウワサを聞いて、ねむりラボも受講させていただくことにしました。今回は、その授業レポートをお送りします。

学生の悩みは「寝すぎてしまうこと」?

重田先生

「睡眠文化論」の講義を担当するのは、「睡眠」を文化として研究する新しい学問分野「睡眠文化研究」に取り組むNPO睡眠文化研究会のメンバーの先生たち。睡眠にまつわる行動に、科学と文化の両方からアプローチしています。4年前の開講時には「学生は集まるのだろうか?」と先生方も半信半疑だったそうですが、毎年200名の定員に対して500名が殺到するほどの人気科目になりました。(同じ授業は、東京でも立教大学の全学共通カリキュラムで毎年開講しています)

「レポートでも3割は落としていますし、決して楽勝科目ではないんですよ」と科目担当の重田眞義先生。「寝すぎてしまう」「朝起きられない」など学生ならではの悩みから興味を持ち、受講する人もいるそうです。

ねむりラボが参加した日は、佛教大学の高田公理(まさとし)先生による「眠りの比較文明論」の講義が行われていました。“眠りの文明”とは、ねむり衣(眠るときに着る衣服)や寝具など“眠りのハードウェア(装置系)”と暦や時間管理制度などの“眠りのソフトウェア(制度系)”から成り立つシステムのこと。講義は、たくさんの興味深い事例を取り上げながら進められました。

「シャネルの5番」からジャージまで! 価値観や社会の変化によって現れるねむり衣の多様性

高田先生

睡眠を取り巻く世界中の “眠りの装置”は実にバリエーション豊か。たとえば “ねむり衣”は、時代ごとの生活スタイルによっても変化しています。「一昔前は、着古して柔らかくなった浴衣。少し前まではパジャマが主流でしたが、今は夏は短パンとTシャツ、冬はジャージで寝る人が多くなりましたね」。

高田先生によると、ねむり衣に短パンやジャージが選ばれるようになった背景には「工業の時代から情報産業の時代への変化」が考えられるそうです。「若い人は夜遅くまでネットサーフィンをして眠くなったら寝る。朝起きたらまたパソコンの前に座るか、そのままコンビニへ行く。ジャージや短パンなら着替えなくてすむので都合がいいわけです」。

また、工業化の時代には早寝早起きをして一斉に働く必要がありましたが、各々がパソコンに向かって仕事をする情報産業の時代ではフレックスタイムや在宅勤務も普及しています。眠りの時間と起きている時間の境界があいまいになるとともに、“ねむり衣”も変化してきているのですね。

“ねむり衣”は、その人の価値観が垣間見えるアイテムという側面もあります。20世紀を代表するセクシー女優 マリリン・モンローは、「何を着て寝ていますか?」と問われて、「シャネルの5番よ」と色っぽく答えたというエピソードがあります。お気に入りの香水だけをつけて、一糸まとわぬ姿で眠るなんて彼女のイメージにぴったり。「ラクだから」とジャージを着るのもいいけれど、自分なりの“眠りスタイル”を考え直してみるのもいいかも?

昔の日本は、夏と冬で“夜の長さ”が変化していた

1年は365日、1日は24時間、1時間は60分。太陽暦(グレゴリオ暦)と定時法による24時制が日本に導入されたのは明治6年(1873)のこと。それ以前は、月の暦である太陰暦をベースとした太陰太陽暦(旧暦)が使用されており、時間は日の出と日の入の間を6等分して「一刻」とする不定時法が用いられていました。

「一刻は約2時間なのですが、季節と昼夜によって長さが違います。冬至の日の昼の一刻1時間40分。夏至の日の昼は2時間38分。同じ昼なのに夏至と冬至で58分も長さが違うのです。さらに冬至の日の夜は2時間10分。夏至の日の夜だと1時間21分。ずいぶんと違っていました」。現代の感覚では「季節によって一刻の長さが変わる」なんて考えられませんが、「農業中心の生活では、作物を育てる夏の昼は長く、作業の少ない冬は夜が長いほうが都合がよかったんです」と高田先生。

ところが、近代化を進めるうえでは、季節によらず同じ時間に出勤して働くことが求められるようになりました。「イスラム圏では今もイスラム暦(ヒジュラ暦)という太陰暦を公式の暦として採用する国が多いのですが、毎年約11日が太陽暦とずれていきます。宗教の考え方もあるでしょうが、暦の影響もあってイスラム諸国では工業化が発展しにくい傾向があるんですよ」。

暦や時間管理制度の変更は、人々の生活様式に大きな影響を与え、それに伴って眠りの時間やあり方も変化してきたのです。

年間2兆円の損失! 眠りは経済効果にも関係ある !?

眠ることは「脳を休める」ことに留まらず、「起きていると忘れてしまう記憶を定着させる」という働きもあるそう。「徹夜で試験勉強をするより、早めに終わらせて寝てしまうほうが効果的です」という先生の言葉には、学生たちも真剣に耳を傾けているようでした。

日大医学部内山真教授らの研究によるデータでは、現代社会のストレスなどから来る睡眠障害が日本経済に与えている損失は、年間約2兆円(!)にものぼるそうです。暦や時間管理制度をはじめとする社会システムが私たちの眠りに影響すると同時に、私たちの眠りは社会に影響を与えているのですね。

眠りについて、こんなにいろんな視点から考えられるなんて! 目からウロコがボロボロ落ちる講義でした。「眠れるか、眠れないか?」だけではなく、眠りの環境や社会生活との関わりから、自分の眠りを見つめなおすともっといろんな発見ができそうです。

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